COLUMN

歴史を紡ぐモノ

タイムカプセル

100年後の世界に1つだけ残せるとしたら何を残すだろう。

最先端の発明品だろうか?

誰もが懐かしむ物?

誰もが驚くビックリ箱?

きっとどれもが100年後には色褪せていることだろう。


100年後にもっていくもの。

それはきっと精神なのだと思う。

決してイロモノではなく、

その精神が伝わるモノ。

精神を宿したモノ。

歴史を紡ぐ精神を宿したモノ。

モノというより

精神が伝わる何か。

100年後の人が

またタイムカプセルで次の100年に残したいと思うような

決して色褪せない

そんな受け継がれる何かを表現していきたい。

そして歴史を紡ぐ者になりたい。

Enharmonic





伝統を守る

日本の文化と伝統を

受け継ぐ人がいない

継承者不足

織りの技術

染めの技術

焼きの技術

そんな文化と伝統が

なくなり始めている

職人が

引退した瞬間

終わる

そうさせないために

国などが

伝統と文化を守るために

補助なり

支援なり

何かできることはあるのではないだろうか

絶滅危惧種のように

少なくなってからでは遅い

伝統の火を絶やさないためにも

今できることを

今一度

考えておきたい

Enharmonic

can’t live without your love

その時その瞬間を切り取る写真。

その時の気持ちすらもタイムスリップしたかのように

鮮明に思い出す事ができる。

それは写真に限った事ではなく

あの頃によく聴いた曲

あの頃よく遊んだ場所

あの頃の懐かしいにおい。

その他沢山のものが、写真のアルバムであるかのように記憶を宿している。


ずっと引き出しの奥底に何年も眠っているあいつもそんな記憶を宿していたりする。

何らかの理由で出番はなくなったが、
手放せない、手放したくない、捨てられないモノ。

あの人からの手紙や
あの人からのプレゼント。

それらは送り手の気持ちが入っているからに他ならない。


きっとそれは洋服でも同じだ。

衣替えというイベントを幾度となく潜り抜け、捨てる事が出来ない服。
もうボロボロなのに、着ないかもしれないのに。

その理由はいくつもあるだろうが

創り手の拘りが伝わり、

それが理由で手放すことが出来ないとしたら

創り手としてこの上ない喜びだ。

TAVERNはそんな服でありたい。

そんな服を創っていきたい。



Enharmonic




日本の文化

日本の文化のひとつ

熊手

金運と幸福を集めるとされ

一年に一度

商売繁盛の縁起物として

取り扱われている

大小様々な大きさがあり

前年より今年

今年より来年と

商売を繁栄させていくために、

毎年毎年

大きさを大きくしていくのが

ならわし

今月は酉の月とされ

そのお祭りを各地の

大酉神社で行っている

言葉を掛け合い

商売繁盛を祈願する

たまには

こういう

日本のカルチャーに触れてみるのも

良いのではないだろうか

Enharmonic

Going back to my roots

深夜零時

そこには沢山の人集りがあった。

係員に招待状を見せ

続々と建物に吸い込まれてゆく。

吹き抜けになった階段の踊り場で

招待リストに名前があるかどうか確認し

そして二階へ進み、2ドルの寄付金を払うとやっとそこに辿り着く。

そこには沢山の風船が飾り付けされていた。



1970年のヴァレンタインディ 647番地。

全てはそこから始まった。


そして現在も続いている。

スタイルを全く変えずにだ。

変えなかったからこそかもしれない。

何にせよ、伝説になることは間違いない。

そしてスタイルは死なない。

スタイルは永遠に

死なない。


Enharmonic




























暗黒時代

近年 

洋服の価格が下がっている

今までの価格では通用しない時代が続いている

高いものが売れない時代

高いということには理由がある

例えばコダワリ

妥協せず

コダワリをそのまま表現するから

価格に跳ね返ってしまう

つまり

価格が下がっているということは

どこかで何かが省かれているという証

すべての工程の中で

必要が無いとされているものから省かれていること

しかし

本当はそれらの省かれた工程こそが

完成度を上げる術なのではないだろうか


Enharmonic

Why we sing

見るものそれぞれに

沢山の解釈や疑問を投げかける現代アート。

そこに新しい感覚

新しい角度で捉えること

そこに新しい価値観を見つけた時に

ハッとさせられる。


現代の服には少なからず似た要素があると思う。

そして、それが響くか響かないか

もちろん人それぞれ在るだろう。


しかし、投げる石の大きさや

石の形状

または水の深さや

石が入る角度で

波紋の広がりは変化する。


そう。

旗はどこからでも観えるように掲げ

鐘は何処までも響く場所から鳴らさなければならない。

すなわち、第2章の始まり。

その新しいステージで

何を唄い

何を伝えるのか。

現代音楽も奏でつつ、

後世に受け継がれるメッセージある唄を残したい。

更なる高みを目指し

ハンミョウは大きく羽をひろげる。



Enharmonic









変わらないという変化

ベルギーにダッフルという港町がある

その名を持つダッフルコートは

17世紀に北欧の漁師が着用していたものが

起源とされている

手袋を使用したままでも

取り外ししやすいフロントの止めの仕様

周りに存在していた

木やロープを使用したからこその部材

後に

これをジョン・パートリッジというデザイナーが製作

後に

イギリス軍に採用され

後に

アイビーリーグで流行し・・・と

時代は流れていった

四世紀半という時間を

しかし

そのなかで変わらなかったことがある

それは

デザイン

小さな変化こそあれど

大きな変化はしていないという

本当に必要だった理由があると

その意味合いが強すぎて

半端な変化や

半端な理由は

通用しない

モノが歴史を語るとは

こういうことも

そのひとつなのでわないだろうか

Enharmonic

SUN…SUN…SUN…

紀元前4世紀

ピタゴラスはあらゆるものを数に結びつけ表現した。

そして奇数を

分割できない

こわせない

完全

と考えた。


日本の文化はアシンメトリーで

3つ目のそれを

どうするかで

着地点が変わる。

3つ目のそれが

バランスをとったり

物事を決定づけたりする。

3つ目のそれは

大事な要素なのにもかかわらず

決して前には出てこない。

1も大事だが
1でもなく

2も大切だが
2でもなく

現代において

この3が最も有効な時代ではなかろうか。

ただ、

3を磨くには

1と2が不可欠だったりする。

1が経験? 2が知識?

当てはまる言葉はいくつもあるが

3は磨きつづけなければならない。

そして3に頼り過ぎてはいけない。


Enharmonic






何気ない出来事

1951年に松下電器の松下幸之助がアメリカを訪問した時の出来事。

そのとき

家電製品が売られている場所に複数のラジオが並んでいるのを見て

人の顔が異なるように、ラジオのそれぞれの顔が異なっていると言ったと言う

帰国後すぐに

「これからはデザインの時代である」と言った。

これが日本における家電業界のデザインのはじまりといわれている

そんな日常の出来事が

何かのきっかけとなり

語り継がれる様な存在にならなければならない

Enharmonic